失礼なことをされても怒らず、イヤなことにNOと言えない人も多いと思います。
悲しいのに平気なフリ、大丈夫じゃないのに大丈夫なフリ、内心ムッとしても笑顔で対応してしまう・・・。
断らなかったということは、すごく辛くてイヤなことでも自分が許可をしたことになります。
そして、そうやって自然と芽生えるはずの感情を抑えるクセができているせいで、自分の本心がわからなくなってしまうのですね。
断ることを悪いと思う人は、
誰かに断られると自分が傷つくので、人にも断らないようにするのではありませんか?
自分のしたいことを否定されると凹むので、相手の期待にも応えようとしているのでは?
したくないことはしなくていいのですよ。
理由なんてなくても、
したくないからしない
でいいのです。
おおらかさを持つこと、広い心で接すること=みんなに合わせて我慢をすることではないと思います。
私が小学校3・4年生の時かな?、カエルの解剖をする授業がありました。
前日にそのことを聞かされ、その頃から感受性の強かった私は絶対にイヤ!と思ったので、授業が始まる前に
「先生、私はカエルの解剖なんて見たくないです。
教室の外に出ていてもいいですか?」
と伝えました。
先生は「わかりました、いいですよ」と言ってくれたので、1人だけ参加しませんでした。
今もそうです。
仕事でしなければいけないこと、私がそれをしないと誰かが困ること(動物の世話とか)は基本的にやります。
でも心が受け止められないこと、自分の生き方に反することは断ります。
興味のないことに誘われても行くとしたら自分の意思で決めるので、イヤイヤ合わせることはほぼありません。
人によってはワガママで協調性がないと言う人もいますが、自分の身を自分で守るというのは危険を避けるだけじゃなく、心が壊れそうな状況に自ら追い込まないことも含まれると思います。
イヤなことはイヤ
したくないことはしない
実はすごくシンプルなことです。
したくないことをするための理由をあれこれ考える方が、はるかに物事を複雑化していると思いませんか?
○○すれば△△されるだけ
どうせ断られるから言っても無駄
こういう思考クセがついている人は、
ダメ元で言ってみることをおススメします。
ダメ元でお願いしたら案外すんなりOKが出た、そういう成功体験を増やして行けば、言えばわかってもらえる、イヤなことはしなくていいんだと思えるようになるでしょう。
私は、まず言ってみる、それで断られたら理由を聞き、それからどうするか決めるようにしています。
そうすると断られても理由を聞くことで納得ができ、言ったことを無駄だとは思わないのですね。
もちろん時には我慢したり合わせたり、気遣いや思いやりは必要ですが、
1人でいる時と同じように過ごせる相手があなたにとって本当に大切な存在だと思います。
お風呂や室温、快適だと思う温度は人それぞれです。
自分はすごく寒いのにみんなが平気そうだからと我慢をしていると体調がおかしくなったり、自律神経が乱れるでしょう。
脳に損傷を負い感覚がマヒして熱さを感じない人が100度以上の熱湯を浴び続けたら、熱さは感じなくても火傷はします。
ずっと自分の感情を無視して、こんなことぐらいで怒るのは心が狭いのかもしれない・・・と心にフタをし続けるのはこれと同じこと。
自分はそれを普通だと思ってやり過ごせていても、心はずっと削られて傷ついたままとなります。
感情に振り回されるのは良くなくても、喜怒哀楽すら感じなくなるのはもっと良くない。
失礼な人には(心の中だけでも)怒っていいし、あれ?と違和感を持った人は疑ってもいいし、苦手だなぁと感じた人からは離れていいのです。
どんな人のことも悪く言うのはいけないと思っていると、本当に信頼していい人とそうでない人の見分けすらできなくなり、大切な人を失い、関わってはいけない人に利用されることもあります。
あなたの感情はあなただけの感情なので、周りに合わせる必要なんてない。
断る勇気&嫌われる勇気を持って、本当に大切にしたい人を大切にするために、自分の感情に気づき本心にフタをしないようにしましょう。
あなたの心を守れる人はあなたしかいません。
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