ある知り合いと会話をしてとても疲れた経験があります。
私はすぐ感情的になる人、相手によって態度が変わる人、何でも人任せにしようとする人、言い訳&愚痴&文句の多い人、そしてネガティブなことばかり言う人が苦手なのですが、その知り合いはこの全部が揃っているような人でした💦
説明するまでもないのだけど、なぜすごく疲れたかと言うと
一緒にいて全然楽しくない
非常に面倒くさい
何でもかんでも自分が悪く捉えているだけなのに「あ、今私のことを○○だと思ったんじゃない?」という言い方でこちらがその人をディスったみたいに絡んで来る。
何がそんなに気に入らないのかな?と不思議に思うぐらい、外見も含めていろいろと恵まれている人だったんですけどね・・・。
例えば宝くじを3000円分だけ買って10万円が当たったとします。
単純で何でも良い風に捉える人だと大喜びするでしょう。
だけどその知り合いのような、何でも不満を口にしてネガティブなことにしか意識が向かない人は「たかが10万円ぐらいでは全然嬉しくない。私は1等以外喜べない」とか言い出すんですね(;´∀`)
この差って何だと思いますか?
*足りない部分や思い通りになっていないことに意識が向く
*欲が深い、あるいは望みが高過ぎる
*結果が全ての完璧主義
*そういう思考回路が習慣化している
などが原因で、ラッキー♫と思える出来事が起きても、喜べるような捉え方をしないから幸せだと感じられないのです。
どのような(辛い)過去があろうと、今何かで悩んで苦しんでいるとしても、24時間365日ずっと不運に見舞われる人とかアンラッキーなことばかり起こる人はいません。
仕事帰りにお気に入りのカフェで美味しいカフェラテを飲んでいる時間、家でまったりとTVを見て爆笑した後でお風呂に浸かってアイスを食べる瞬間、たまたま入った店で前から欲しかった服を安く買えたこと、そういう何気ないことを幸せと思えるかどうかです。
幸せというのは、成功したとか結婚できたというような状態ではなく、ふとした一瞬にそう感じるもの。
なので自分でそういう時間を作って行けば嬉しい・楽しい瞬間が多くなり、あー幸せだなぁ♡となって行くのです。
すごいことが起きないと幸運と思えない「10万円当たった程度ではね・・・」みたいな思考になっている人は、そういう何気ない幸せを感じることができなくなっているのであって、運が悪いとかではないし不幸な人生を歩んでいるわけでもありません。
ないものねだりをしたり他人と比べて劣っている部分を気にしたり、こうあるべき思考に囚われていたり、これぐらい完璧じゃなければ喜べないみたいな考え方が習慣になっているから、訪れている幸運を幸運とすら思えない。
他の人なら「嬉しい!」と笑顔になることでも「ふ~ん・・・」って感じだったり、「ありがとうございます」を口にしても心からそう思っている人に比べると上辺だけのセリフと伝わってしまうなど、自分から人を遠ざけるような態度を自覚なく取っていたりするんですよね。
負のオーラをまき散らし自らをも包んでいるような感じ。
自信はなくてもいいし、ネガティブな性格をしていてもいいのだけど、嬉しいことや楽しいことの中でもマイナス要素を探し、誰と出会っても相手の長所より欠点ばかり見ようとしているのなら、
楽しくない、幸せと思えない
原因は自分の中にある
と気づかない限り、ずーっと幸せを感じることはないままでしょう。
婚活だとこういうタイプの人は楽しく活動できないので仮交際止まりだし、夫婦で相手への不満ばかり口にしている人は経済力のなさや子供がいることを理由に離婚しないだけで良い関係は築けないし、部下にダメ出しばかりして自分の指導に問題があると気づけない上司は永遠に仕事ができない部下に悩まされ続けると思います💧
恵まれていること、できていること、上手く行っていることに目を向けて、周りの人々への感謝の気持ちを持ち、不運に見舞われてもその状況から学べたことを考えて、とにかく少しでもポジティブに変換できることは変換する。
これが大切。
幸せそうな人は特別な何かに恵まれているから幸せなのではなく、物事を良い風に捉える習慣ができているからちょっとしたことでも幸せだと思えるだけ。
今の日常生活の中で幸せな瞬間が見つけられないのなら、多分何に恵まれても何を手に入れても幸せだと思えないかもしれません。
どう捉えるかの違いだということに気づかない限り。
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