私はサッカーを全然見ないのだけど(選手もほぼ知らない)大物芸人の性加害疑惑報道が続く中、今度は新潮が日本代表選手の性加害疑惑を報道したようですね💦


ここ何年も週刊誌に暴露されたことによりTVに出れなくなったり仕事が激減した芸能人が続出しています。



そして文春は例の大物芸人の続報を今も連発しているので「やり過ぎ」という声が聞こえるようになりました。




でも私は週刊誌がやり過ぎというのはちょっと違うんじゃないのかな?と思っていて。




やり過ぎというのは、本人が認めて謝罪も反省もしているのに世間がいつまでも許さないとか執拗に追い詰めるとか、さらに過去のことをほじくり返したり家族のことまでアレコレさらすことかな?と個人的には思います。





もちろん売上のためにデマを流すのは論外だけど、政治家の悪事を暴露していたら「やり過ぎ」とあまり思わないのではないでしょうか。





あとこういう言葉もよく見かけますね。



「もうそういう時代じゃない」
「今の時代にそういうのは通用しない」






確かに昭和ではお咎めなしだったのに令和では叩かれるというのはあります。



ただ今の時代でアウトなことは昭和でも本当はアウトだった。
いじめもそうだし暴言暴力にパワハラもモラハラもセクハラも合意のない性行為も。



それらに該当する言葉がなかったのと、親や恋人(夫)に暴力を振るわれても我慢しないといけない、性被害に遭ったなんて人に話をすることではない、みたいな意識を植え付けられていたので声を上げにくかったのです。





浮気や不倫だって昔はしても良かったわけじゃない。



浮気は男の甲斐性とか女遊びは芸の肥やしなど都合のいい言葉を持ち出して、昔の人はそれらが許されると勝手に思っていただけ。




コンプライアンスがどうとか時代関係なくダメなことはダメ。



たまたま時代が変化して行く中で「その言動はパワハラですよ」と明確に言えるようになった、ということなのだと思います。









少し話が逸れますが、仮に私が有名人で文春砲にやられたと想定し事実無根だったらどうするか?を考えました。




堂々と記者会見を開き、
事実無根を訴えて
世間を味方につける




これ一択です。




やましいことが本当に1つもないのなら逃げも隠れもしないよなーと思いました。
裁判に持ち込むのはその後です。



有名人だったらなおのこと、いくらでも記者会見を開けるわけだし。
事実無根ならどうして記者会見をしないのか不思議で仕方がない。





サッカー選手の方は(女性側が嘘をついているという)証拠写真があるみたいだけど、既婚男性が初めて会った女性たちとホテルの同じ部屋に泊まりジャージに着替えさせて寝ている様子を撮影していただけでも十分変でしょ(>_<)





超大物でもアウトなことをしたらそのツケを払う日が来るというのを私たちはここ何年も文春砲で知る機会が多いけど、文春がやり過ぎなのではなくヤバイことをし過ぎる有名人が多いってことですよね💦





こういう報道を見る度に、人気と地位とお金を手にした男性の行き着く先はそこしかないのか?
これほど多くの人が文春砲にやられているのに気を引き締めなかったのはなぜ??と不思議で仕方ない。





刺激に飢えている
普通のことではもう楽しめない

たいていの物は手に入れてしまった
自分だけは大丈夫と根拠のない自信がある





こういう傾向の人は要注意でしょう。




アイツは人気がなくて干されたけど俺は超人気者だから大丈夫とか、そういうことではないんですよね(;´∀`)




どれほど立派なことを成し遂げた人でも、合意があったとか関係なくダメなことはダメなので。



有名になればなる程&地位が高くなればなった程、謙虚さと感謝の気持ちを大切にして週刊誌に書かれない言動が大事だということ。



有名人だから何を言っても(何を書かれても)仕方がないのではなく、身分に合った振る舞いを求められる。
これが本当の意味での有名税なのかな?と思います。



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