夜はまだ少し寒いけど、日中はすっかり暖かくなり春らしさが出て来ましたね♬
冬のドラマも続々と最終回を迎えていて、昨夜は『ファイトソング』が終わりました。
意地悪な人が出て来なくて(最近この傾向が多いような?)温かい人たちばかりで、ラストはみんな何となくハッピーという終わり方でした(*^-^*)
芦田(間宮祥太朗さん)が主人公の花枝(清原果耶さん)に愛の告白するシーンをみんなで見守る・・・という不思議な光景がありましたが、このドラマならあり得るという感じで。
頑なで意地っ張りな花枝が本心を打ち明けるためには、花枝をよく知る人たちが必要という意味だったのかな?
本当は芦田のことが好きでずっと忘れていなかったのに、聴神経腫瘍のオペにより聴力を完全に失ってしまった花枝はミュージシャンである彼の歌を聴くことができない、だから自分は彼女には相応しくないと思ってしまったのかもしれません。
ところで、世の中にはいろんな障害があって、簡単に分けると目に見える障害と見た目ではわからない障害がありますよね。
『耳が聞こえない』はまさに目に見えない障害で、しかもその程度が人によって異なるので理解されにくいです。
声をかけたのに返事がない場合、あれ?無視された?と感じても、まさか耳が聞こえていないとは思わないですよね。
ドラマの中ではみんな花枝に協力的でしたが、現実の世界では相手を怒らせたり疲れさせることもある障害なんですね、聞こえないというのは。
花枝のように全く聞こえないのなら理解されやすいけど、中途半端な聴力の場合は何度も聞き返すことになったり、何度言ってもらっても聞き取りができなかったりするので、たいてい相手は嫌な顔をするか戸惑った表情をします💧
私は感音性難聴で普通の人の半分程の聴力しかない上に聞き取りが難しいという特徴があって。
例えば「さとうさん」か「かとうさん」かがわからない、「キツネ」が「つくね」に聞こえたりするんです(;’∀’)
声によって聞き取れなかったり、うるさい場所では隣や前の人の声も聞き取りにくいし、ヒソヒソ話や女性の小さな声は全然聞こえません。
例えば中国語で話しかけられたとして、何か言っているのはわかるけど何を言っているか全くわからない状態になりますよね、それと同じです。
父が重度の難聴なので遺伝なのでしょう。
30才ぐらいまでは普通に聞こえていたけど、原因もわからないまま急に聴力が下がったので、昨日のドラマで花枝が耳が聞こえなくなったことがけっこう辛くて・・・と言っていたのがよくわかるのです。
とにかく4人以上の集まり、騒がしい場所が苦手。
疎外感が半端ない💦
ザワザワした中でみんなが楽しそうに会話をしているのに、
自分だけがわからない、会話に入れない。
職場でも広い会議室では離れた席の人の声が聞こえないと伝えても、事務員だから会議の議事録を取るようにとか言われてしまう(;・∀・)
なんで!?
足の悪い人に早く歩け、リレーの選手やれって言わないのに・・・みたいな。
とにかく伝えても耳が聞こえないことを忘れられてしまい、気にかけてもらえないのが1番悲しいというか残念ですね。
聴力が急激に低下した頃に婦人科系の病気にもなって、その後離婚をしたので子供を持つことも叶わなかったし、弟は何ともないのにどうして私だけ難聴が遺伝してしまったのか・・・?と、暗~くなった時代もありました。
ただどちらかに遺伝するのだとしたら、弟じゃなくて自分で良かったかも?とも思ったのですね。
自分で言うのもなんですが、私は母の良い部分、あまりないけど(苦笑)父の良い部分もしっかりと受け継いでいて。
先に生まれた私が両親の良いとこ取りばかりしていたら弟が可哀想、だからマイナスな部分も受け継がないとね!と思えるだけのポジティブさがあるので。
それにあらゆる障害を持った人への理解も、健常者の人よりはあるだろうし。
耳がほとんど聞こえない父の苦労もよくわかったし。
ちょっとやそっとの音では起きないので夜はグッスリ眠れるし、補聴器を外したら本当に静かで。
静かな環境に身を置きたい時はすごくいいですよ、音がうるさいと気になることはないし。
あと、耳が関係あるかはわからないけど10代の頃から集中力がすごい。
しかもけっこう長く続くんですね~
そういう聞こえないことによるメリットも見つけているので、まぁこんな感じの私だからこそこの障害を神様は与えたんだろう・・・って感じです。
今日はただそういう難聴者の苦労を綴っただけのブログになりましたが、もしも身近で話しかけても反応の悪い人がいたら「もしかして聞こえていないのかも?」と思ってみて、もし本当にそうだったら本人にしかわからない辛さがあるので、他の障害と同様に理解してあげて欲しいなーと思います。