久しぶりのブログです。
感じるまま好きなように書いて共感してもらえたりスキで反応をもらえるnoteに夢中になっていましたが、フォロワーが増えたりコメントをもらえるようになればなるほど、やっぱりそこにはストレスが生じるんだなぁと思い始めました(;^_^A
嫌な人がいるとかでは決してなくて。
どちらかと言えば優しい人ばかりの温かい世界なので嫌な気分にさせられたことは1度もない。
私がしんどくなった理由はスキやコメントをもらったら
私も同じように返さなければ!!
となっていたから。
人にどう思われようとあまり気にしない方だけど、何かをしてもらったらお礼をしたいし嬉しかったり感謝の気持ちがあればそれを表現したいと考えるため、自分だけ記事を読んでもらって相手のを読まないのは申し訳ないなーみたいなところがありました。
でも相手の投稿が面白いと思えなかったり興味のない内容だった場合でも最後まで読んでたまには何かコメントを入れる、というのを半年続けていたら義務のように思えてストレスになってしまい💧
もともと私は職場等でみんなの雑談の輪に入らないタイプだから、そういうのが面倒に感じたり負担になりやすい。
本音では(この人の書いている内容が全く理解できない)とか(こういう系の話に興味ないんだけど)って思っているのに、気持ちに嘘をついてまでスキを押したりコメントしなければ!となるなんて、自分で自分の首を絞めているなと思いました。
これってけっこう人間関係のあるあるでは?
*いい人に思われたい
*同じようにしなければいけない
*これぐらいするのは当たり前
だいたいこんな理由で私たちは勝手に過剰に何かをしてしまうのですが、良かれと思ってしていたりこれぐらい普通で正しいことだと考えるため自分がやり過ぎとは気づかない。
恋愛相談を受けたある女性は彼が転職活動中で無職になった頃はデート代を全額負担していたそうで、クリスマスや誕生日プレゼントも自分ばかり高額な物を贈っていて、そのことを彼があまり感謝をせず当たり前のように受け入れているのが納得できないと言っていました。
ここが大事なポイントですが、彼が彼女にそうしてくれと求めたわけではないんですよ。
彼女が恋人にはこれぐらいするものだと考えて(気を利かして)自ら全額払ったり高価なプレゼントを贈っていたのです。
なのに、そういうことを続けるうちに
どうして私ばっかり?
と、アンバランスさに不満が出て来たそう。
自分の感覚はごく普通で、彼はあまりにも気が利かなさ過ぎると思った彼女は必死に彼を変えようとしたそうですが、1つ直してもらっても別の部分が今度は気になって・・・という風に、違う性質の彼を受け入れられない彼女はだんだんと許せなくなり好きとも思えなくなったそう。
私は彼女の気持ちがすごくよくわかる。
かつての友人に対しての私はまさにこんな感じだった。
友人たちと会う時はいつも私が店や行き先を考えて待ち合わせ場所を決めたり、旅行に行くにしてもホテルの予約や日程調整まで全部していた。
仲良くなって間もない頃「どこに行く?」「何が食べたい?」と聞いてもほとんどの友人が「何でもいい」「どこに行こう?」しか言わないような人だったから、こっちが決めないと話が進まなかった。
座り心地の良い方の椅子を譲り、ランチをする場所も友人の家からの行きやすさを考慮するなど、まるで意中の女性をデートに誘い必死にデートプランを考える男性みたいなことを私がするのが習慣化していたため、なんで私ばっかり?!とふと気づいて嫌になり自分から誘うのをやめてしまいました。
友達だったら同じように(たまには)してくれてもいいんじゃないの?ってあの頃はプンプン怒っていましたが、今思うとこれぐらいして当たり前でしょ?と私が勝手にやっていただけなのです。
仕事でも似たような感じでした。
やればできるから、これぐらいするのは当然だからと何でもやってしまっては『同じ時給なのに私ばっかり大変』という状況を、私自身が作り出していたのです。
父親からの頼まれごとも、なんで弟に頼まず私にばっかり言って来るのか!!と腹を立てつつ頼まれると断らずに引き受けていたのは私。
ようやくこんな苦しい状況を作ったのは自分自身と気づいたので、合わない友人からは離れ仕事ではできることでもわざとやらないようにして、父の頼みも断るなど自分の言動をコントロールするようになっていたのですが、まさかnoteの世界でもかつてのダメなパターンでしんどくなるとは・・・💧

前述の女性のように間違っているのは彼だから指摘して直してもらわなければ!って考えてしまうと、永遠に同じことを悩んでモヤモヤし続けるでしょう。
基本的な部分で人としてのタイプが違っているので、彼女が正しくて彼が間違っているのではなく合う合わないの問題です。
彼女は彼の気の利かなさに苦しめられていると思っていますが、異なる性質&感覚の違う合わない相手とわかっていながら別れようとしない彼女自身が自分を苦しめているのです。
3万円のプレゼントを贈って5千円のプレゼントしかくれなかったことに興醒めしたならその時に別れても良かったし、別れるほどではないと考えた場合は自分も次回から5千円程度のプレゼントを贈るようにすればバランスは保てたんですよね。
なのに彼女は、これぐらいの価格の物を贈るのが普通=『私は正しい』という発想のままでいて、自分だけが高価な物を贈り続け彼からの愛情が感じられないと嘆き、彼に不満をぶつけたりダメ出しばかりして苦しみから脱出できないでいました。
私はnoteをスキされた時に届く通知を解除し振り回されないようにして、今後は読みたい記事を読み、面白かった時や何か伝えくなった時だけコメントをする、という本来の楽しみ方に戻すことを決めました。
交流する人は減り、私の記事を読んでくれることもなくなるかもしれません。
でもそれでいい。
それが自然。
人間関係がこじれるのは、どちらかが『当たり前』に思うことを相手にも期待して『同じように』を求めるからです。
そして私たちがしんどくなってしまうのは自分の中の『これが正しい』をやり過ぎるせい。
いい人に思われたい、きちんとしている人だとアピールしたいみたいな気持ちがどこかにあると無意識に無理をしてしまう。
そうやって無理を続けた先にあるのはたいてい終わり・決別。
私はまだnoteを続けたいので(同じように返さなければ・・・)というマイ・ルールを破ろうと思います。
向こうも私が毎回スキを押すから同じように返すしかないと、お互い渋々やっていたってこともあるだろうし。
対人関係で負担・重荷・不満・不公平を感じたら、相手に改善を求めるのではなくまずは自分がそれをやらないorやり過ぎないよう意識することが大事だと改めて思った最近の私。
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