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優しくするとつけ上がる人への対処法
つけ上がる側の人が読むはずはないので(苦笑)、優しくしていたら相手にどんどんつけ上がられてしんどい!!って人が読んでくれているのでしょう。
なので今日は心優しくてNOが言えない人に向けて
自分の心を守る方法
を綴ろうと思います。
これから誰かと関係を持とうかな?という段階ならつけ上がりそうな人とは最初から親しくしないのがベスト。
見抜き方はけっこう簡単。
その相手に『遠慮』&『こちらへの配慮』があるかどうか。
相手のために何かをした時に「そんなことまでしなくていいよ」とか「気を遣わせてしまってごめんね」みたいな一言を添えられる人。
あるいは、その人の好きそうな物を見つけて何でもない時にプレゼントしたり喜びそうなものを貸してあげた時に、その行為に対してちゃんとお礼を言える人(その場だけじゃなく帰ってからもLINEでお礼とか)
なんならお礼にお返しをくれる人なら返報性の法則(原理)が成り立つので、そのような相手かどうかを見てから関係を深めると一方的にならなくて済むように思います。
優しく接していればつけ上がる人というのは、他者の好意や善意を『当たり前』に受け取る人。
当然として受け取る=自分はそうされて然るべき価値がある人間、と自覚なしに思っています。
わかりやすく言うと、「自分の方があなたより上」と思い上がっている人なんです。
自分のことしか考えないというのは、突き詰めるとそういうこと。
対等な関係が理想なのに、対等になんてなる気がない。
だからあなたの親切や気遣いを当然のものとして一方的に受け取り、あなたには返してくれない上にどんどん要求が高まったり、感謝の気持ちも謝罪の言葉もなしで平気なのでしょう。
大事なのはその相手が親切にする価値のある人間かどうかを冷静に見ることですが、相手が簡単に関係が切れない恋人や夫婦、長年の友達だったりすると親切にする価値はないと判断できてもガラリと態度を変えるのは難しいですよね。
そうなると『感情』と『行動』を分けて行くしかないと思います。
好きな気持ちは変わらない、でも一緒にいるとしんどい。
こういう状態が1番辛い。
じゃあどうするか?
自分の時間、一人時間を充実させて行く、です。
合わない、一緒にいても辛いだけなのに好きだから離れられないというのは一種の依存。
その人と離れてしまえば自分には価値がないと思い込み、その人といることで満たされる部分があるので執着してしまう。
優しくするとつけ上がる方が悪いのは悪いですが、優しくしてくれる人がいなければその相手はただの人になります。
先回りして何かをしたり、顔色を窺って言われる前に動いたり。
そういう風に求められてなくても相手のために動くことを親切と思っていたら、相手からすれば自分がつけ上がる人なのではなくあなたが過剰に尽くす人となります。
まずはその過剰な気遣い、つけ上がる人にまで優しくするのをやめましょう。

私は友人に対して、カフェなどでは座り心地の良い方の椅子を譲ったり電車でも1席しか空いてなければ友人に座ってもらい、待ち合わせ場所も相手の負担にならない向こうの最寄り駅にして良さそうな店を探して予約したりと、どうしてそこまで求められていないのにやってしまっていたんだろう?と思いました。
受け身な友人が多かったので仕方なくという部分はあったかもしれないけど、「どうする?」という相談をしても無駄(「どうしよっか?」という返事しか返って来ない)だとわかってしまってからは、誘う・店や日時を決める・店の予約をする・待ち合わせ場所を指定する・店を出たらどうするかを決めるetc.全部やっていました。
私はその人に会いたくて誘うので最初はそれで良かったのですが、自分の中に(これだけのことをしているのに感謝もされない)という思いが蓄積されて行きました。
それで自分から誘う・連絡をするというのを一切やめたら、ほとんどの友人と疎遠になったと言う💦
まだ仲良くしているのは一方的ではない関係の人だけ。
今はそれで良かったと思っています。
関係が切れたのは悲しい(寂しい)けど、私は推し活や趣味、夫と過ごす時間、こうやってブログを書く時間を充実させるようになり、それでより一層メンタルが安定しました。
なので優しくすればつけ上がる人と離れることができないなら、精神的な自立を目指して自分を守るのがいい。
友人や恋人、配偶者がいなくても楽しめる時間を持つようになれば、必然的に自分の好きなことやしたいことを優先するようになります。
相手に合わせてばかりだった予定を断れたり、「この日じゃダメかな?」と提案も普通にできるんじゃないでしょうか。
自分のしたいこと・予定・気持ちを優先したらもう誘ってもらえなくなるんじゃないか?という不安があるので私たちは他者を優先したり、嫌われたくないので必要以上に優しくしてしまう。
つけ上がることをやめてもらいたいなら先にこちらが与えることをやめないと関係の修復は難しいです。
そして与えることをやめて関係が切れるなら、それは残念なことでもミッションに失敗したのでもなく、
こういう人だとわかって良かった
その程度の関係なら終わって良かった
ということ。
今までして来たことの1つか2つをしないようにして、それでも平気とわかれば「○○じゃダメかな?」という小さな提案をしてみる。
相手の都合に合わせるのが普通だった私が、友人の指定した日を断ったことがあって。
「その次の週ならいいよ」とは伝えたのに、何かを感じ取った友人はそれっきり連絡も年賀状さえも送って来なくなりました。
30年以上の付き合いがこれだけのことで終わったわけではないと思うけど、1度だけ私から連絡を入れて理由を聞いてみればやっぱり「あの時のあなたの様子がいつもと違っていたから」と言われました。
合わせてもらって当然という友人からすれば、「違う日に・・・」というささやかな私の提案すら『否定』『反発』『拒絶』に感じられたのかもしれないけど、本来はお互いの都合のいい日に会うというのが対等な関係。
会えば毎回相談に乗って何度も同じような話を聞いていたのは私の方だったので、関係が終わって話を聞いてくれる相手がいなくなったというダメージは友人の方が大きかったんじゃないのかな?と今になって冷静に思います。
誰かに嫌われても長年の関係が途切れても、自分なりの楽しみを持っていたらこんな風にいつか淡々と受け入れられる日が来ます。
一緒にいて幸せを感じられない相手にしがみつくのなら、そういう生き方を自分が選んでいるから仕方がないと思うしかありません。
自分の心を守れるのは
相手ではなくあなた自身
離れるか、自分時間を充実させて執着&依存心を無くすか、です。
