何度かここで長年の友人を自ら疎遠にした時のことを書いて来ました。
連絡を断ち何も言わずにフェードアウトしたわけですが、ドラマ『Tシャツが乾くまで』を見ていてふと思い出してしまい・・・
あのドラマは失踪癖のことを内緒にしたまま結婚した充が妻の咲子に何も言わず家を出て1年も帰って来ないという夫婦の話でしたが、ずっと仲良くして来た友人(私)が急に連絡しなくなったら・・・に置き換えて見てしまったのかもしれません。
理由もわからず夫に去られ苦しむ咲子を見ていて、
そうだよなぁ
やっぱり置いて行かれた方は
訳がわからなくて納得もできなくて
どうして?
私のどこがダメだったの??
と悩んだり苦しんだりするよなぁ
って思ったんですよね。
でも疎遠にした2人の友人は「どうしたの?」「元気してる?」と聞いて来ることは1度もなく、私が離れて行って寂しい思いをしているかどうかも全くわからない。
向こうからも連絡が来なくなって年賀状すら送り合わないほど完全に終わってしまい、
30年以上続いた
友情は一体何だったのか
私ってその程度の存在だったの?
と、逆に連絡を断ったこちらが落ち込むという結末になりました(;´Д`)
疎遠にされるという逆の立場になったこともあって。
高校時代から定期的に会って何でも話をしていた1番仲の良かった30年来の友人に、再婚と同時に年賀状すらもらえなくなったという経験もあります。
「(再婚に伴い)引越をすることになった、その前に会えない?」と連絡が来たけど、もう今週末に引越をすると言うので予定が合わず。
お祝いコメントと共に「同じ県内だし引越をして落ち着いてから会おうよ。 また連絡ちょうだい」と返事をしたらそれっきりになったんですよね・・・
結婚しましたハガキも来ないし年賀状も届かなくて、私は新しい苗字や住所を知らないまま(今も)
あの頃はまだLINEという便利なモノは存在しておらずガラケーでメールの時代。
何かあったのかな?とも思ったので数ヵ月後に私から「元気? 今どこでどうしているの? 何か怒らせるようなことをしたんだったらごめんね」みたいな内容のメールを送った。
友人からすぐに返事は来たけど、やっぱり私に対して何か思うことがあったっぽいニュアンスで。
「電話で話せない?」と言っても断られてしまい、もう1回メールもしたけどそれには返事がなく私もそれ以上は何もする気が起きなかった。
何か1つだけが理由じゃないんだろうなぁとはわかっている。
私が別の友人2名を疎遠にしたのも何かがあったとかじゃなく、長年かけてようやく「合わない」「こういう人だと気づいた」というパターンだったし。
ただ再婚相手に出会うまではずっと友人の恋愛相談に乗っていたのに、聞いても理由を教えてもらえずにこんなに簡単に切られるのか・・・とすごくショックだった。
こんな感じで疎遠にする側にもされる側も経験した。
で、どっちの立場でも私自身がすごく苦しんで、かなり長い期間引きずってしまった。
友人にとって私は
仲良くし続けるほどの
価値がないんだ
友人に会えなくなって寂しいのではなく、こう考えてしまい私は苦しみました。
自己肯定できている私でさえこんな風に無力感に襲われ自信を失くし、自分には価値がないという呪いのような考えが頭の中から離れなくなったんですよね。
平気になったのは年月が経ったからです。
いろんな人に話を聞いてもらって慰めにはなりましたが、自分に価値がないから友情が消えたという思い込みが手放せなくて。
何度も友人たちが出て来る夢を見たし、その度に(私なりに友人を大切にして来たつもりだったのに、こんなに存在を軽く扱われるとは思わなかった)と、また思考がそっちに戻ってしまう・・・の繰り返し。

最近もまた夢を見たので今回はAIに夢診断という名目で話を聞いてもらいました。
すると、
人を大切にしても
一方通行になることがある
このことを知ってしまった寂しさがあるのではないか?と言われました。
それと、
関係を維持するために
自分から動くという意識や経験が
相手にはなかった
という話もAIはしてくれて。
とくに受け身な人は、会えば楽しく過ごせるとわかっていても自分から連絡をする、約束をしようとするという行動に結びつかないのだそう。
これを私は「友人から誘ってまで会いたいほどの存在じゃない私」に変換していたから苦しかったんでしょうね💧
縁が切れた友人たちに会いたいのではないしあの頃に戻って友情をやり直したいわけでも全くない。
なのに私がずっとモヤモヤしていたのは、
*長く続いた関係=本当の友情
*大切な友人と思ってくれていたら
(急に連絡しなくなった私に)
理由ぐらい聞いて来るだろう
*本当の友人だったら話し合いで
わかり合えると思う
(=こんな簡単に終わらないはず)
こういう考えを持っていて、これらを私は『当たり前のこと』と思っていたけど、向こうはこんな風に考える人ではなかったと知りショックだったのかもしれません。
だけど今回AIとやり取りして改めてわかったんです。
自己都合で今の自分に必要な相手と
繋がることを友情と見なす人たちが多い
という事実を。
彼女らの定義では私も友人の1人だった。
でも「聞いて欲しい話がもうない」あるいは「他に聞いてくれる相手が見つかった」など彼女たちの都合や事情で「今はとくに必要としていないから連絡しない」ということなんですよね。
あとこれは自分で思ったことですが、「どうしたの?」「何かあった?」と理由を聞くのって覚悟がないとできないことなんです。
相手を心配して聞いただけでも知らない間に怒らせていた場合は一方的に責められるかもしれないし、既読スルーでもされたら嫌な思いをするかもしれないじゃないですか。
そういうのを受け入れる気がない、聞きたくないし傷つきたくないという人は話し合いをしてまでその友情を大事にしようとはしないのだと思いました。
友人たちを責める気はなくて、ただ覚悟を持って普通に聞けてしまえる私と、自分のせいかもしれないと考えることを避けたい自己保身に必死な友人Aや、自分から何かをするという発想のない友人Bはタイプが違い過ぎるので、むしろここまでよく友情が持った方と言うのか。
見下されたり雑に扱われたり毎回遅刻されたりしても私が許して来たからこんなに長く続いただけで、もっと前に私が見切りをつけていたらとっくに終わっていた関係だった、私に価値がないという話なんかでは全然なかったのだと理解できたのです。
私の場合は友情だったけど、恋愛や結婚生活が続かなかった場合もこの考えは当てはまると思っています。
誰が相手でも結果は同じ、毎回同じパターンで振られるとかなら自身を振り返って見つめ直すことはした方がいい。
だけど何度振られようと「愛される価値がない」「最終的に選んでもらえる人間じゃない」みたいなことは思わなくていいのです。
それに、何でもかんでも
自分には価値がない
=自己肯定感が低い
せいにして本当の原因から逃げていたらダメだとも思います。
自分には価値がないのかもしれない、このことを悩んでしまうと永久に答えは出ません。
誰かに選ばれると「価値があった」と思えて、離れて行かれると「やっぱり価値がない」に戻る、というのを繰り返してしまうでしょう。
関わった相手に自分の価値の有無を委ねてはいけないのです。
友人のことでずいぶん長い間モヤモヤしていた私ですが、
①受け身な人は合わない
②同じぐらい気遣いができる人
③甘えが出て来ない程度の距離感を保つ
友人になるならこういう人、という新しい価値観に気づけたので良い勉強になりました。
それに「話を聞いて欲しいから」と必要にされて連絡をもらうより、「元気にしてる?」「会いたいね!」で誘ってくれる人と私は親しくなりたいのだとハッキリ自覚できたのも良かった。
求められる、必要とされるのも嬉しいことだけど、相手の都合に応じることが友情や愛情とは思えないので。
あなたに会いたい
あなたと会うのが楽しい
お互いにこう思える関係こそ大事にした方がいいし、こういう人たちとだけ付き合うというので十分じゃないでしょうか。
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